※カーソルが変化するところをクリックすると施設の解説に移動します
1、社殿
上川神社本宮のご社殿は神明造で、大正9年から同13年まで4年をかけて建築されました。平成5年には御創祀百年記念事業として、氏子崇敬者のご奉賛を頂き、大改修並びに一部増築工事が行われました。拝殿内には全国的にも珍しいオンコ(イチイ)製木彫りの狛犬ならぬ狛熊がご神前を護るべく控えています。
▲ Page Topに戻る
2、旭川天満宮
学問、芸術、文化の神様として崇敬される菅原道真公をお祀りするお社。昭和41年7月17日九州太宰府天満宮の西高辻信貞宮司参向のもと同宮よりご分霊を勧請し、上川神社境内社・旭川天満宮として鎮座しました。
この社殿をはじめ基礎、玉垣、鳥居、社号標等々、御鎮座に要した費用の全ては市内の故福多仲蔵氏が、80歳の長寿の神恩感謝と旭川全市の学生生徒を元気づけ学業達成、念願成就をかなえさせたいとの思いから奉納されたものです。
▲ Page Topに戻る
3、舞殿
平成四年上川神社御創祀100年事業として東京国立能楽堂の指導を受け建設した能舞台(神楽殿)です。年間の祭典での神楽舞の奉納、例大祭での奉納行事をはじめ、薪能やコンサート等にも使用されています。
▲ Page Topに戻る
4、参集殿
御鎮座85年を記念して昭和53年に竣工しました。参集殿内には日々氏子崇敬者の方々のご祈願をご奉仕する祈祷殿、上川地方開拓に尽くされた先人達の御霊をはじめ上川神社創立に関わった役員の方々、歴代職員の御霊を祀る祖霊殿、結婚式の控室や会議会合に用いられる参集室会議室などがあります。
▲ Page Topに戻る
5、社務所
お札、お守り、おみくじをお頒ちする授与所、事務室等があります。ご祈願や結婚式等で神社に御用の方はこちらへお越し下さい。
▲ Page Topに戻る
6、神楽岡碑
明治22年12月28日、この神楽岡の地に離宮を建てることが内閣で決定し、この一帯は世伝御料地となりました。明治44年には皇太子であった大正天皇が神楽岡に行啓せられ開拓が進む上川地方をご覧になられました。
大正9年には上川神社の境内地としてこの神楽岡を借り、同10年世伝御料地解除、同13年にはこの地に神社を移遷し、神社の借地は神域として編入されました。これらの事蹟を記して後世に伝えるためとして、市民によって昭和8年この神楽岡碑が建てられました。題額は宮内大臣一木喜徳郎、撰文は北海道庁長官池田秀雄、碑文は上川神社社司柴田直胤の揮毫で高さ3、95メートル、幅1、51メートル、幅30センチ、歌碑は永山武四郎の嗣子男爵永山武敏氏の揮毫により、永山将軍の
「上川の清き流れに身をそそぎ、神楽の岡に幸行仰がん」
の和歌と建碑賛同者の氏名が刻まれて神楽岡碑左後方に建立されています。
▲ Page Topに戻る
7、第1鳥居と参道
一の鳥居は昭和8年市内の松山三郎氏が寄進されたもので、長野県産花崗岩にて高さ9、09メートル、笠石長さ12、72メートルの大鳥居です。
参道石段は、昭和11年に茨城県稲田産の花崗岩を用いて整備されたもので、このとき整備されたものと合わせて、現在一の鳥居からニの鳥居まで全109段の石段があります。
▲ Page Topに戻る
8、第2鳥居
第 2 鳥居は大正 13 年 5 月 17 日、社殿の造営にあわせて島垣松六、斉藤かめよ両氏によって奉納されたものです。毎年当神社の例大祭にあわせて東神楽の七五三縄会の皆さんによって第 2 鳥居用の注連縄が奉納され ています。
▲ Page Topに戻る
9、神楽岡の自然
公園内には様々な生き物が生息しています。多くの樹木草花はもちろんキタキツネ、エゾリスやエゾオオアカゲラ、シジュウカラ、キビタキ、クロツグミ等多くの鳥類を見ることが出来ます。
▲ Page Topに戻る
|